Mistletoe Music School Yamada Room カナダ放浪記

カナダ放浪記#18 〜次の目的〜

 2002年の春から秋にかけてボクはCANADAのトロントへ行ってきました。
それはスリルと興奮の連続の冒険をしているようでした。
ここでは、そんなカナダの旅を少しずつ書いていこうと思います。

次の目的

レコーディングが終わるとボクとパトリックはあまり会わなくなりました。勿論1週間に1度くらいは会っていましたが、それでも以前から比べれば会わない方で、比較的ゆったりとした毎日がやってまいりました。用事がなくても毎朝サイバーカフェに行きインターネットと朝食を済ませ、ヤングストリート付近をフラフラとしておりました。そして昼過ぎに家に帰るとリーは学校・・・・いやいや・・・。 当初、語学学校に行っていたリーは途中で先生と合わなかったらしく辞めてしまったのです。

その為、ほとんど毎日リーは家に居ました。「一体、何の為にトロントに来てるんだ!」と思いましたが自分のことで精一杯です。この頃からリーはある女性を好きになり、毎日のように彼女のことを思い妄想にふけるようになりました。(←そう見えたのです) ボクがカナダに居た2002年のトロントは10年振りの猛暑で昼は当然、夜も暑くて冷房の無い部屋だった為に真夜中にリーと一緒にベランダでビールを飲みながらよく女性の事を話しました。リーが好きになった女性はボク達がユースホステルに滞在していた同時期にユースに泊まっていた女性でした。 リーは本当に毎晩のように彼女のことを考えていたのではないかと思います。ある日、リーの韓国人仲間が家に来た時はその中に彼女も居て、とっても楽しそうでしたよ。リーが横になるとボクはベランダから見える夜空を見上げ、またしても遠い母国を思ったりもしたものです。

さて、その頃のタカはと言えばやはり勉強をしていました。タカの勉強しているトロント大学の図書館はチャイナタウンに近くタカはそこで色々なものを買ってきていました。中に何も入ってない肉まんの皮だけみたいな袋詰とか宮崎アニメが全部揃っているDVDセットを激安で買ってきた時もありました(勿論、違法でしょうな・・) リーが爆睡している横で「今日はこれ見ようか?」なんて言いながら、ほとんど全部見ましたよ。「風の谷のナウシカ」見ている時だか、大音量で見ていたらリーが突然起きて怒りだしました。「音を小さくしてくれっ」ってね。温和なリーが本当に怒ったのはこれ1度きりだったと思います。 この頃、タカは既に日本へ帰ることを考えていました。飛行機でもバスでも電車でも・・・どうやってもアメリカに入国できないのであればトロントに居る必要はないのですから当然でしょう。

暑い暑いトロントの夏にはフェスティバルが沢山あるんです。フード・フェスティバルがあったり航空ショーなんかもありましたね。ゲイ・パレードもありました。実は、ボク達の住んでいるセント・ジェームス・タウンからダウンタウンの中心を走るヤングストリートに出るまでにはどうしてもチャーチストリートを通らなければいけません。 この通りは、そこら中に虹色の旗が掲げられ有名なゲイが集まる通りなのです。そんな訳ですからゲイ・パレードの日、ここだけは避けようと少し裏道を通ってヤングストリートに出ようと考えていたのです。1本入れば静かな住宅街ですから安全です。「よしよし」と歩いていると庭でパーティーをやっている家が見えてきました。 しかし、パレードとは関係なさそうなので普通に行ってしまおうとした時です。1台の車がその家の前に止まり、庭に居た男が駆け寄り、車から出てきた男とボクの目の前で「ブチュ~~~~~!!」しかも長い・・・・「あちゃ~、これを避ける為に裏道を歩いてきたのに!」と気分を害しながら通りすぎました。 もう見たくない光景です。

そんなフェスティバル・シーズン中のボクのお目当ては「トロント・ダウンタウン・ジャズ・フェスティバル」です。ビッグ・アーティストも来日するとあってかなり楽しみにしていました。昼の部は大半は無料なので、ボクは毎日のように会場に行ってはのんびりと聴こえてくる音に耳を傾けていました。人々は犬の散歩したり、おばちゃん達は世間話に華をさかせながら、身体でリズムを取りゆったりと時間を過ごしていました。 こんな光景は日本ではありえません。もっとこういった場が日本に増えるといいのになぁっと思いながら時間を過ごしました。大抵、昼間のアーティストは知らない人達ばかりだったのですが、夜!パット・マルティーノがジョーイ・カルデラッツォとやるというので見に行きました。しかし会場はテントの中で料金がかかるとのこと。しかしテントは閉められておらず外野からでも十分に見えたので外フェンスの一番良いの場所を陣取りポテトチップス片手に出番を待ちました。 すると出てきましたパットマルティーノ!・・・ほんとに痩せてガリガリでした。いやジョーイが大きいからそう見えるだけなのかも知れませんが・・。まずその容姿に驚きました。 実はボクはあまりパットマルティーノの演奏は好きではなかったんですが、演奏が始まると凄い凄い!!!\(^0^)/16分音符でグイグイと引っ張りまくるマルティーノに、。ハードにスウィングし最高のサポートを務めるジョーイのオルガン!マルティーノはレコードより生の方が全然良かったです。 シンプルなリズムチェンジの曲で会場の盛り上がりは最高潮にジョーイがクレイジーなソロを取った時はもう圧巻でした。

また別の日、昼間はテント内で無料の演奏を聴き、夜、タカと一緒にジョン・スコフィールドを聴きに行きました。最終日のトリです。今回は20代の若手を3人従えたファンキーなバンド!1人、年を取って浮いているジョン・スコでしたが演奏が始まったらもう暴れまくり、ウネウネとしながらアウトしまくるジョン・スコは外会場を埋め尽くす立ち見客をノリノリにさせました。その頃には浮いている感じなど全くありませんでした。そうジョン・スコは無料ステージでの演奏だった為、広場には凄い数の観客がいました。。 若いファン層をも見方につけたジョンスコはもう手がつけられません。圧倒的な存在感とグルーブ!これは今でも忘れません。前列のワルガキっぽい集団はジョンスコ音楽を聴きながら激しく踊っていました。(^^)

ダウンタウン・ジャズ・フェスティバルが終わる頃、ボクはカナダでも有名なギタリストであるDavid Occhipintiに会うことも目的に、またもダウンタウンを駆け巡ることになります。

カナダ放浪記#19 〜別れ・出会い〜

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